フランクフルトの話 その2

この町は言い伝えに寄れば、カール大帝が北ドイツ、ザクセン(英語で言うとサクソン、アングロサクソンのサクソン)の
遠征から引き上げて来て、マイン川に差しかかり、流れが急で渡れなくて困っていた所へ、どこからともなく白鹿が
現れて彼等を浅瀬まで導いてくれた。「フランク王国の浅瀬のある所、フルトのある所、フランクフルトという名前がついた」、
ということになっている。

このフルトを英語ではフォードと言い、オックスフォードのフォードになる。
実際にロマンチック街道にはオクセンフルトという同じ意味の町がある。
ちなみに中国語では「牛津」と書くそうだ。

この町に電車で到着した方は終着駅、つまり、到着した時は先頭だった車両が出発する時は最後尾になる、
ということに気がつくと思うが、1,888年に建設された当時ではヨーロッパ最大の鉄道駅だったそうである。

はっきり言えば、この駅前の広場、地下、それに続く繁華街はあまり環境の良い所ではない。
日本で言えば新宿歌舞伎町のようないわゆる風俗営業のお店が並んでおり、エイズが騒がれる前の1980年代前半、
この駅前周辺では朝からそれらしい女性がうろうろしていた。

かなり前の武田鉄也が主演の映画にこの場所がちょっと出て来たこともある。

ここをぶらぶら歩いていると、女性が寄って来て、「ねえ?」と声をかけて来たり、建物の中に入ると若い女性達がズラーッと
並んでいた(もちろん買わなかったのだが…。何と言っても色々危険で恐い)。

ところが、エイズが騒がれ出した八十年代後半からはそういう女性がほとんどいなくなった。
買う方は恐いのだから売る方はもっと恐い、というわけで、営業をしているのは旧東欧の女性達が多いようである。

電車を待つ時間つぶしに歩いていると、ぼったくりバーの客引きのおじさんが「シャチョー、シャチョー。ショーミルダケヨ。
エイズコワイ。」と声をかけて来たりする。

入ったとたんにシャンペンをポンッと抜かれたら3万円位はぼったくられるのでもちろん入らない。

ヨーロッパに入って来る麻薬の半分がこの町に入って来ると聞いている。そのせいで、この地帯では麻薬中毒患者が
非常に多く、白昼堂々と注射器を使っていたり、血だらけのトイレットペーパーや注射針が落ちていたりする。

毎年100人前後は麻薬の打ち過ぎで死んでいると聞いている。

結構20代、30代の若い人達が目につくので嫌になる。

数年前から、道端で注射すると不潔で危険だから、ということで、町の一角にその為の部屋を設けたそうな。

ある町では、「使用済みの注射器を投入して下さい」、という箱が置いてあった。

古い注射器を持参したら新しいのと取り替えてくれる所もある。

たまに警察が道端で検査しているのを見かけたりして、もちろん取り締まりはしてはいるのだが、それがなかなか
追いつかない、というのが現状のようで、この麻薬を手に入れるために、強盗等の凶悪行為はあまりないとしても、
売春、すり、置き引きなどが頻繁に行なわれているようだ。

私自身もこの町で置き引きにあったことがある(この話は後日)。

お客様には夜になったら出歩かないように、と言い含めることにしている。

これもヨーロッパの1つなのです。お気をつけて!







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