ヴェニスの話 その1

ヴェニスはご存知の通り、運河で囲まれており、車が一台入れないために、車で来た場合には、
町の入り口にある大きな駐車場に入れなければならない。70歳近くの両親を連れてこの町を訪れた際、
駐車場の屋上から、並んでいる町の屋根を見た第一印象は、「おっ、すげえ!これは一見の価値はあるぞ!!」
というものだった。

この駐車場は結構高く、丸一日で6千円ぐらいしたと思う。早い話が、安いホテルの1泊分を
駐車料金として取られてしまう。そのホテルもかなり高く、ちょっと良さそうなホテルだと、ツインで
2万円以上はするし、あまり良くないホテルだと洗面所の水はけが悪かったり、ベッドのマットレスが、
じめっと湿っている感じがしたりする。このような町は世界に類を見ないし、世界中の観光客が集まる町でも
あるから、完全に売り手市場なのも無理からぬことかもしれな
い。

さて、車が入れないこの町の交通機関としては、S字の反対の形をしたカナル・グランデ(大運河)を走って
サンマルコ広場などを巡回する水上バス、運河を縦横無尽に走る水上タクシー、そしてご存知のゴンドラがあるが、
一般に利用されているのは、このカナル・グランデを巡回している水上バスである。< br>
山手線の様に、方向を間違えても、結局は目的地に到着する。私が旅行する際にはいつもそうするのだが、
最初に目的地に向かって一番遠い場所に行き、戻ってくるような形を取る。
その方が次第にホテルに近くなり、疲れて遠いところから帰って来るよりは何となく気が楽である。

そういうわけで、バスに揺られながら、13〜16世紀ごろに地中海貿易で活躍し、巨大な富を得た大商人たちが
金に飽かせて、それぞれが競い合って作り上げた、その富を誇示しようとした町並みを眺めながら、
最も有名なサン・マルコ広場に行くことにする。

広場に着いたとたん、サン・マルコ寺院、広場を飛び交う鳩、広場の塔、ドーツェと呼ばれる、かの大商人の
寄り合い所、そして生演奏が奏でられるカフェなど、テレビや映画でおなじみのシーンが目に入ってきた。

何がどうで、どう説明しようかもわからないし、ガイドブックなどは見ないし、読まない。
ただひたすら地図を頼りに、ホテルに向かいながら、かの有名なリアルト橋から町の写真を撮ったりしながら、
狭い路地を歩いて行く。途中には小さなブティックが並び、しゃれた物がウィンドウに展示されている。
女性にはいくら時間があっても足りないだろう。
実用本位のゲルマン系と違って、やはりデザインはイタリア、フランスなどのラテン系にはかなわない。
何といっても気候と、食い物の違いによるものかもしれない。
気候の温暖な地方では、種を蒔いたら勝手に育ってくれるから、その間遊んでいられるし、その日に食うだけの魚を
取ればよい。
寒いドイツの場合は、 畑の手入れは一生懸命しなければならないし、牛からその日一日分だけの肉を
削り取るわけにもいかない。保存するのに大変な作業を強いられる。遊んでいる暇はないのである。

路地を歩いているうちに気がついた。ドイツと違って市民たちが、「それぞれ生活をしているんだな」
という雰囲気が感じられるのである。ちょっと頭を上に向けると、洗濯物が干してあったり、壁が剥げ落ちたり
しているのが目につく。

それに水の匂いが鼻についてきた。夏の暑い盛りだったということもあるだろうが、あの下水工事現場の匂いである。
運河とは言うものの、はっきり言わせてもらえば、濁ったドブである。
テレビで、戦前はこの町の小さな運河で子供たちが楽しそうに泳いでいるフィルムが放映されていたが、
想像もつかない。60年代にアメリカの女優、キャサリン・ヘップバーンが主演し、この町を舞台にした
「旅情(だったと思う)」という映画があり、その中でヘップバーンが運河に落ちるシーンがあったが、
まだこれほど酷くもなかった様に思える。

両親と一緒にゴンドラに乗ってみたが、この匂いが鼻について、どうもいい気分になれない。
それでも、私も両親も、この匂いのことは全く話題にしなかった。私と同様、「せっかく世界的に有名な町に来て、
ドブの匂いが酷かった」とは言いたくなかったのではないかと思っている。


2008年の6月にこの町に初めて仕事でやってきた際、そのキャサリン・ヘップバーンが運河に落っこちたシーンの
場所と思われるところを通りかかったので写真を一枚撮る。




キャサリン・ヘップバーンが運河に落ちたと思われる場所