ドイツの車の話 その1

ドイツといえば、ベンツをはじめとする車で有名だが、イギリスの産業革命は繊維工業から始まったが、
ドイツは機械工業から始まったと聞いている。

考えてみれば、その機械の中でも重要なのは車両であるからして、車が有名なのはうなづける。

もっとも、戦前のものを見れば、車というよりは戦車、装甲車などの軍需車両、およびメッサーシュミットなど、
特にジェット戦闘機を飛ばしたのはドイツであったし、その様な軍事関係の機械は世界最高のレベルに
あったと言えるだろう。

このドイツで乗用車を製造しているメーカーは、ベンツ社の他にフォルクスワーゲン、アウディ、オペル、
BMW、ポルシェであるが、ドイツフォードもケルンに工場があり、その他にMAN、ケースボーラーなど、
トラック、バスなどを製造している会社がいくつかある。

1886年、マンハイムという町でカール・ベンツがガソリンエンジンを使用した車を世界で初めて動かしたのと
ほぼ同時期、シュツットガルトの隣のカンシュタットで、ゴットフリート・ダイムラーも同じ様に車を動かした。

ベンツの方は3輪車で、ダイムラーの方は4輪車であった。
これは3輪車の方が方向転換が簡単だからという理由だったそうである。

ダイムラーの方はこの年にモーターボートも製作し、車よりもこちらのほうが売れたそうな。

あのベンツの丸型の中心から三本の線が出ているロゴマークであるが、この3本は「天、地、水」を意味するそうだが、
本当かしら?

なんだか華道のような気もする。日本人はベンツと呼んでいるが、ドイツでは、「メルツェデス」と呼ばれている。
これはオーストリアのある金持ちが大量注文をし、そのモデルに自分の娘の名前である「メルツェデス」、と
名付けたのがその由来である。
この詳しい話はシュツットガルトのベンツ博物館で、日本語のイヤーホンを通じて聞ける。

デュマの「モンテ・クリスト伯」に出てくるエドモント・ダンテスの昔の婚約者の名前も「メルツェデス」だったな。

フォルクスワーゲンは、ヒトラーが政権を取った後、「喜びによる力」キャンペーンの一環で、その当時の
一般的な労働者の給料が約200マルクであった時代に、千マルクで誰でも買える様な車を作るように、
1934年にフェルディナンド・ポルシェ博士に製作を依頼した、あのカブト虫を作った会社である。

結局は999マルクで販売されたと聞いているが、実際には1500マルク程度かかり、赤字だったそうである。

この会社があるヴォルフスブルクは、北ドイツのハノーヴァーの近くにある町だが、日本で言えば豊田市のようなもので、
この会社の城下町と言った方がいいだろう。
私も一度だけ行ったことがあるが、普通の町とは全く違った殺風景な町である。
戦争で徹底的に空襲を受けた町でもあるので致し方ないのだが。

アウディはいつごろできたのだろう?もともとはいろいろな会社が4社集まってアウトウニオンという会社に
なったらしいのだが、詳しいことは私も知らない。
早い話が、私の勉強不足なだけであるが。インゴルシュタットに本社があり、戦前にバンケルという技師が
ロータリーエンジンを最初に製作したNSUという会社があった、ネッカーズルムという町にも工場がある。

現在ではフォルクスワーゲンの姉妹会社で、販売店はフォルクスワーゲンと一緒になっている。
シンボルマークは4つの輪である。5つの輪はオリンピックであるが、さて3つの輪は何でしょう?

オペルは、最初は縫製用ミシンを作っていた会社で、その後に自転車を製作し、アメリカのジェネラルモータースと
一緒に車を製作し始め、その当時画期的だった、流れ作業を取り入れたと聞いている。
現在はフランクフルト近郊のリュッセルスハイムに本社があり、東西統合の後で旧東ドイツのアイゼナッハにあった
ヴァルトブルクの工場を買収し、かなり近代的な工場に整備したらしい。

BMWはミュンヘンに本社があり、会社の名前はBayerische Motoren Werk(バイエルンエンジン製作所)
から来ており、もともとは飛行機のエンジンを作っていたと聞いている。
あのロゴマークの青と白は、バイエルン州の色で、十字形になっているのはプロペラだそうな。
最初は乗用車、それもセダンしか作っていなかったのだが、最近はヴァンタイプも造るようになっている。
ちなみに、ドイツでは、このセダンのことを、「リムジン」、と呼んでおり、私のリムジンサービスとという業務とは
は関係がない。

日本のオートバイがドイツを席巻しているのだが、この会社だけが、伝統的なシリンダーが横並びのエンジンを搭載した
オートバイを作って頑張っている。
当然のことながら、ミュンヘンのパトカーは全てBMWである。

ポルシェはシュツットガルトに本社工場があり、博物館も隣接している。なんと戦後に作られたトラクターが展示してある。
生産される半分以上が輸出用に回されるが、最も多いのはアメリカ向けで、日本にもかなり輸出されている。
それだけ世界の景気に左右されやすく、一時は倒産するのではないかと言われた時もあったと聞いている。

90年代に生産性を上げるために日本の「改善研究所」が入り、2年後には約25%の生産率を上げた結果、
それがニュースになり、「改善」という言葉がドイツ語になってしまった。

大衆車といえばフォルクスワーゲンとオペル、その上がアウディ、高級車はベンツとBMW、マニアにはポルシェという
感じだろうか。ポルシェ以外の車は一応全部乗ったことがあるが、具体的には言えないのだが、それぞれに特徴があるようだ。
92年からリムジンサービスの個人ハイヤーをするようになってから乗用車はほとんど乗ったことがない。
仕事が終わったらミニバスなんか乗りたくないのだが、保険代、税金、維持費など、車は結構金食い虫なので、
セカンドカーを持つのもなかなかできない話である。