ハイデルベルクの話 その5

ドイツ個人旅行向けのリムジンサービスのドライバーガイドを始めてまだ2,3年しか
経っていない時の話。

ある日の朝10時頃、手配会社、いわゆるオペレーターから急に電話があった。

あるお年を召したご夫婦がハイデルベルクのホテルにおり、急に日本に帰ることになったので
私の車で空港まで送って行ってくれ、というリクエスト。

「どうしたんですか?病気でもしたんですか?」

「それがよくわからないのよ。お客様はホテルに13時まで滞在しているから、迎えに行って、
空港でチケットを受け取って送り出してちょうだい」。

「オーケー、オーケー。」

言われた時間にホテルに行き、お客様の部屋をノックする。

奥様が出て来て、部屋に入るとご主人がベッドに横になっていた。

「どうしました?ご病気ですか?」

「いや、そうじゃなくて、もう疲れてしまって動けんのですよ。昨日は朝の4時に起きて、ローマから
フランクフルトに飛んで、すぐにライン川のそばをドライブしてハイデルベルクに着いたのですが、
もう疲れてしまって・・・。それでもう日本に帰ることにしたんですわ」。

「それはそれは。でも、ここにこのままもう2、3日いらしてゆっくり休んでから、私の車でグループを
追いかけて行くこともできますよ。そうしましょうか?」。

「いや、もう日本に帰ります。」

「それじゃ、まだ時間がありますから、まだこのまま休んでいて下さい。」

ホテルには、「もう少しお客様を休ませて欲しい、こういう事情だから」、ということで追加料金はなしで
お願いし、1時間半遅れで空港に出発する。

幸いなるかな、私のミニバス・ハイヤーの座席は大人が横になれるのでそうさせる。

本当につらそうだ。道すがら、74才になるご主人がぽつぽつと話し始める。

「ハイデルベルクはわしらのあこがれの町だったんじゃ。哲学者の小道なんか行きたかったのう…。」

74歳といえば、ちょうど旧制高校、旧制大学で学んだ世代である。

この時代の人たちにとって、ハイデルベルクは憧れの町であり、毎日のようにハイデルベルクの
メッチェンがどうとかこうとか・・・・という話をしていた世代と聞いている。

それだからこそ、ハイデルベルクに対する思い入れは大きなものであったに違いない。

何となくこんなきついスケジュールを組んだ旅行会社に対して腹が立ってきた。

「いわゆる熟年の方達には時間はたっぷりあるのだから、そういう人達を対称としたツアーはもっと
時間的余裕、あまり体力を使わないようなスケジュールを考え出せないものなのか?
ローマ‐フランクフルト間のフライトはなかなか取れないとしても。」

そう考えながら空港に到着。お二人のチケットを受け取り、ご主人のクレジットカードで支払う。

金額片道二人分35万円。

「このお金を私のリムジンサービスの旅行代金に当てればゆっくりと個人旅行できたのに・・」と思う。

私は搭乗券検査のカウンターまで同行し、このご夫婦はゆっくりとパスポートコントロールに向って行った。

後姿がとても寂しく感じられた。

日本に帰ってから、「もう一度ヨーロッパに行って、前回見られなかった所を見に行こう。」
と思ってけたろうか・・・・。






ドイツ個人旅行、ガイド、リムジンサービス・ハイヤー藤島
Junichi FUJISHIMA
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