バーデン・バーデンの話 その1

バーデン(BADEN)という言葉はドイツ語で「温泉」と「入浴する」、そして「泳ぐ」という意味がある。

もうひとつ、泳ぐには「シュヴィメン(SCHWIMMEN)」という単語があるが、これはどちらかというと、
「水泳する」という意味合いが強い。

というわけで、バーデン・バーデンは「温泉・温泉」という意味になる。
これはスイスとオーストリアに、共に「バーデン」という町があるので、それと区別をする為に
「バーデン・バーデン」と名づけたらしいが定かではない。

人口約六万にも満たない町ではあるが、世界的に有名な温泉地であり、リゾート地でもある。
ここには、カラカラ浴場とフリードリッヒ浴場と言う公共の温泉が2ヵ所ある。

温泉があるからと言って、日本のように、「たんぼのすごともおわったんて、はずまんたいの温泉さ行って
とうずでもするべが(秋田弁丸出し。田んぼの仕事も終ったから、八幡平の温泉にでも行って湯治でもしようか)。」
と言うのではもちろんない。

温泉芸者の類がいる所でもないし、ましてや道を歩いていると、変なおっさんが近づいて来て、「シャチョー、シャチョー、
面白いところへ連れて行きますよ。」というシーンがあるわけでもない。

どちらかと言えば、ちょうど十九世紀あたりにヨーロッパでも温泉の効用が認められるようになり、
ちょうど産業革命で大金持ちが出て、その成金が普段、毎日のように金に飽かせてさんざん飲み食いをして弱って来た胃腸を、
温泉地に行って少し休ませてダイエットしよう、と集まったらしい。

ちなみに、明治天皇の主治医であったベルツ、というドイツ人はこの近くの出身で、草津温泉をドイツに紹介したと聞いている。

そういうわけで、このような人達が集まれば当然、お互いにビジネスの話が出て来たり、そしてそれがまた更なる
ビジネスにつながり、この金持ちにお金を落させる為にカジノがあり、その金持ちに取り入る為に若い女性達が集まり、
それをめぐって男達も集まり、加えて芸術家がスポンサーに連れられて来たり…、早い話しが、「金がある所には人が集まる」
という当然の現象が起こったわけである。

現代のようにあれこれ娯楽があったわけではないだろう。
有名な、そして新鋭の音楽家によるコンサートなどはかなり行なわれたのではないか、と思う。

「新鋭のピアニスト〇〇のコンサート。後援〇〇様」と名づけたコンサートを開催し、金持ちはお互いに、「あれは私がひいきにしている
音楽家なんですよ」、という感じで自慢し合ったのだろう。
私の好きな作曲家ヨハネス・ブラームスがしばらく滞在し、ヘクトール・ベルリオーズはこの地の劇場で自作を初演し、
かのヨハン・シュトラウスは地元のオーケストラを指揮したのだった。
「会議は踊る、されど会議は進まず」の時代に大スターだったヨハン・シュトラウスのコンサートとあって、
今のマイケル・ジャクソンのコンサートのように超満員だったろうと思う。

数年前に昔の駅をロビーにした2千人ほど収容できる、ヨーロッパ最大級のオペラ劇場が完成し、毎年カラヤンフェスティバルが
開催され、ベルリンフィルハーモニー、ウィーンフィルハーモニーをはじめ、多くの世界的に著名な音楽家が集まるようになった。

このフェスティバルホール、中に入ったことはないのだが、座席がちょっと狭い、と聞いている。

劇場支配人はそういうクレームには全く動揺せず、「そういう方達は、温泉に入って身体をリラックスさせて下さい。」と
コメントしたのだった。