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盗られた話 その3
ある三十人ほどのグループを四日間かけてミュンヘンまでご案内する仕事だった。グループは当時私の住む
地元のハイデルベルクで最高級と言われるホテルに宿泊したのだが、添乗員は、ドイツ語はもちろん、
英語もろくに話せない男性だった。
これは別に珍しいことではない。
いわゆるオーガナイザー物、と言って、ある業界のお客様の団体とか、〇〇先生後援会、等のグループの場合は
添乗員ではなく、その旅行会社の営業の人が随行者としてやって来て、ガイディングとか、ホテルなどの仕事は
こちらに全てが回って来る。
それも我々ガイドの仕事の一部だし、下手に知ったかぶりをしてあれこれ言われるよりはずっと仕事がやりやすい。
そう言うわけで、地元のハイデルベルクでは、ホテルのチェックインが終ってから家に帰ろう、と思っていたのだが、
添乗員が私の部屋も取ってあるから泊まってくれ、と言うのである。
一人暮らしをしていて、どうせ帰った所で何がある、という訳でもない。
お言葉に甘えることにする。
お客様にはドイツ初日でもあり、「ハイデルベルクという町でも、決して安全なところではないですから、
置き引きには気をつけて下さいね。
特に、バイキングスタイルの朝食の際に、自分の席を確保する為に、テーブルにハンドバッグを置いて
いく方がいますが、これは盗んで下さい、って言っているようなものですよ。」とあらかじめ釘を差しておいた。
翌朝、自分のショルダーバッグを椅子の背もたれにかけ、対面二人のお客様と話ながら朝食を取る。
さて出発30分前、自分の荷物を取りに行こうと思い、背もたれを見たら、自分のショルダーバッグがない!
「やられた!」全く気がつかなかった。
さすがプロ!なんて関心している場合ではない。
対面のお客様に、「誰か私の後ろに近づきませんでした?」
と聞くと、「誰か外人がそばを通りかかりましたけどもね。」という応え。そいつにやられたのだろう。
すぐにフロントに行き、「泥棒にやられたのですぐに警察に電話してくれ。」
とお願いするのだが、そこに居合せた女性マネージャーが「どこかに忘れてきたのではないですか?」とのたまう。
また始まった。こういう場合、ドイツ人はすぐに面倒なことを避けたいばかりに、このようなことを言う傾向がかなりある。
「違う。盗まれたのだからすぐに警察に電話してくれ。」「貴方の部屋をもう一度探してみて下さい。」
「そんな事はいらん。間違いだとしても、それは俺の責任であって、貴方の責任ではない。すぐに電話してくれ!」
「今一度、貴方のお部屋を私も見てみますから、一緒に来て下さい。」
まあいいだろう。
自分の部屋をくまなく捜したのだが何も見つからず(当たり前だ)、このマネージャーもやっと電話をかけることに同意する。
全くもう!
警察が電話口に出て、事情を話すと「ああそうですか。今日は貴方で二人目です。
後ほど警察に来て下さい。」と言われる。
特に金目のものは入っていなかったのだが、ドイツ以外の国に行く為の大事なパスポートとかなりの時間をかけて作製した
色々な連絡先やら、観光地の地図が載っている手帳が入っていた。
幸いにも、このグループの案内はミュンヘンで終り、一応パスポートを必要としなかった。
これがスイス、あるいはオーストリアに率いることになっていたら、別のガイドにバトンタッチしなければならず、
それこそ大変なことになっていた。
その後バスでグループを率い、案内を続けることになった。ハイデルベルク市内でお客様が買い物をしている時間を
利用して警察に行き、調書を取ってもらう。
自分でもまさかこのハイデルベルクで盗難に会うとは思っても見なかった。
全く油断も隙もあったものではない。
特にパスポートを盗まれたのが痛かった。ハイデルベルクは近くの在フランクフルト領事館ではなく、
遠い在ミュンヘン領事館の管轄で、パスポート再発行には電車代と書類を取り寄せたりする時間がかなりかかった。
それ以来、お客様には「パスポートを亡くすと、すごい時間とすごいお金がかかります。ホテル代、通訳代、
帰りの飛行機あれこれ入れて三十万円かかります。気をつけなさい、気をつけなさい、と言った人がやられてます。
ここに!」と言うことにしている。
お客様は「うふふ」と笑ってはいるが、「ガイドでさえもやられるのだから、気をつけないと。それに意外と大金がかかる。」
と納得してもらえるようだ。
このような話をしているおかげか、それ以後はお客様がパスポートをなくした、とか盗まれた、とういう話は
私のお客様ではなかったのだが、私自身がもう一度巧妙な手口でやられてしまった。
それに関してはこの次のコーナーで。