ローテンブルクの話 その1


ドイツ旅行にやって来るほとんど日本人観光客はロマンチック街道を観光なさるが、その中でも
ノイシュヴァンシュタイン城と並ぶロマンチック街道のハイライトがこのローテンブルクである。

人口約1万2千人ほどの町はほとんどが観光で成り立っている町で、何を隠そう(何も隠してないが)
日本人に足を向けて寝られない、と言っても過言ではないほど日本人がやって来る。

私も、個人旅行のお客様をご案内するリムジンサービスを始める前から数えて、そろそろ400回になる。

ここは城郭(ブルク)に囲まれている町で、日本で言うと鎌倉時代から江戸時代初期頃まで非常に栄え、
この城郭の中はその当時の町並みがそのまま残っており、ここに来た人達は中世にタイムスリップしたかのような
印象を受ける。

京都や奈良が古い町と言っても、ポイントのみが残っているのだが、ここは町全体がそのまま残っている、
という感じの町なのです。



プレーンライン



第二次大戦が終る直前の1945年3月に空襲を受け、町の東半分ほどが瓦礫の山になるのだが、
昔通りに復元し、戦災に会わなかった、と言われてもおかしくないぐらいに復元した。

城郭は全長約4キロほどあり、そのうちの約2キロが「武者走り」になっていて、歩けるようになっている。
いざ戦争、という時はここを兵隊達が駆け回っていたのだろう。

ここを歩いていると、壁には全世界の人達からの「〇〇様〇〇メートル寄付」という石版が埋め込んである。
もちろん、日本人もそれに含まれており、日本最大の旅行会社も数メートル寄付をしている。

面白いのは、かなり前のテレビ番組大橋巨泉の「世界丸ごとハウマッチ」が1メートルを寄付し、
「はい!このローテンブルクの壁1メートルいくらでし
ょう!」とやったらしい。その石版が埋めてある。

この町を有名にしたのは、1618年から48年までドイツが戦場になった30年戦争の際に、
1631年、当時47才だった前市長のヌッシュという人が、敵が町を焼き払ってしまう、という危機を
3.25リットルのワインが入ったジョッキを見事に一息で飲み干し、それを救った、という逸話に
よるもので、この模様を再現したしかけ時計が市役所の広場にあり、11時から15時までの
毎時、20、21、22時にこれが動く。

2つの窓が開き、左の飲ませた方のティリー将軍が指揮杖を動かして右を向き、右のヌッシュはジョッキを傾ける、
という形で動く。

毎年5、6月になると約2週間にわたり町ではお祭りが行なわれ、車は全てシャットアウトされて中世の町を再現し、
町のホールで演劇クラブが中心となり皆でこのイッキ飲みの模様を再現する。

私自身はこの劇を一度だけ見たことがあるのだが、このヌッシュ役の男性が3.25リットルを飲み干すと観客から
拍手が沸く。

私自身は「3.25リットルなんて飲めるわけがない。どうせ手品で使うものなんだろう。」と思っていたのだが、
さにあらず、本当に飲んでいた。ただし、ワインではなく、りんごジュースだそうだ。
それでもこの人が上演のたびに(時としては1日2回)3.25リットルを飲むのだから大変だろうな、と思う。
いつかは引退するのだろうから、後継者はちゃんといるのかしら?