ヴェルニゲローデの話

ホームページを出してから、私にドイツ個人旅行を直接依頼するケースが次第に増えてきた。

そちらの方が、旅行費用はともかく、団体旅行で行けない場所を旅行したい人たち
に取っては非常に便利なはずである。

その際、ホテルも予約して欲しい、という希望がほとんどで、色々情報を集めて
私の判断で予約する。いつも利用しているホテルは別だが、初めて予約する場合は、
必ず前払いすることにしている。その方が、先方も安心するし、こちらとしても
ホテル側で何らかの手違いがあっても言い訳を許さない、という利点がある。

フランクフルトに住むガイド仲間から紹介された日本の小さな旅行会社から、
ドイツの木組みの家並みに対する政策について調査旅行をする5名様の
グループを案内することになった。

ホテルの手配もして欲しい、ということで、各訪問地のホテル、シングル6部屋を予約し、
いつも通り料金を前払いしておいた。

数ヶ所の街並みの視察を終え、夕方18時頃ヴェルニゲローデのホテルに着く。
レセプションの男性が、「ちょっと問題がありまして・・・・」、と切り出した。
「実は6部屋ではなく、5部屋しかありません。そのうちの1部屋は大きな
ツインですので、そこに2名様でお泊まり下さい」。
「ちょっと待った。それは困る。こちらはシングル6部屋ということで、
予約の確認も取っているし、前払いしている」
「お気の毒ですが、満杯でして・・・・」

ここで長々と押し問答しても埒が明かない。お客様はこれから市内に出て、
街並みを視察し、その後で夕食という予定を立てている。まずはお客様の
部屋だけは確保されているので、荷物を置いてからすぐに下りてきてもらい、
その間に、別のホテルを探させることにする。

ドイツ統一の日を控えた週末で、観光地のホテルはかなり混んでいる様だ。
だとしても、こういうことが許されるはずもない。
レセプションの男は、まさか拒否されると思っていなかったのだろう。
慌てて他のホテルに電話を掛け始める。そして見つけたのが、旧市街から
かなり離れたホテルである。

「おい、市内といっても、それはないだろう」。「でも一応市内ですから」。
「いい加減にしろ! 確認も取って、しかも前払いしたんだ。お前は俺に
このホテルの部屋をくれる義務があるんだ!! 俺は20年以上添乗員として
働いているが、こんなことは初めてだ!!!」、と大声で怒鳴る。
男の顔が蒼白になると同時に、泣きそうになってきた。

傍で聞き耳を立てていたドイツ人の客たちも、私の大声にびっくりしながらも、
彼の誠意のなさに呆れている様子である。

そのうちにお客様が全員、ロビーに集まって来た。
「もう俺はお客様のお相手をしなければならん。時間をつぶしている暇はない。
9時ごろまで帰ってくるから、それまでに旧市街のホテルを取っておけ!!」、と
大声で怒鳴りながら携帯の電話番号を渡す。

珍しいことに、レセプションの男の口から、「すみません」、と言う声が出た。
ドイツ人はこの様な場合、「お気の毒に思います」、と言い訳することは
結構あるが、「すみません」、という言葉が出ることはほとんどない。
意外な言葉を聞いたものである。

約15分後、先程の男から電話がかかってきた。「旧市街の〇〇というホテルを
お取りしました」。「よし分った!」。

お客様と通訳の女性を町の中心地までお連れし、私はそのホテルを探しに出る。
ホテルといっても、旧市街の外れにある、ペンションであった。まあ、仕方がない。
お客様の部屋だけでも確保できていた、ということが不幸中の幸いであった。

ああ、忘れていましたが、このヴェルニゲローデという町は、旧東西ドイツ国境に
跨るブロッケン山の麓にあり、木組みの家並みがとても綺麗で、旧東ドイツ時代にも、
観光の町で知られていて、市役所周辺だけは整備がある程度行き届いていた。
ドイツ統一後は町の改修もかなり進み、最近は日本からも観光客が訪れる様になって
来ているらしい。



マルクト広場と市役所