ザルツブルクの話 その1

スタンダールの「恋愛論」の冒頭に、「ザルツブルク近郊の塩の廃坑に木の枝を放置してしばらくすると、
塩の結晶が付着する。これを第一の結晶作用と名づける」と書いてあった様に記憶している。

ザルツはドイツ語で塩を意味するが、この他にケルト語を語源とする「ハル(HALL)」という単語もある。

最も有名なのは、ハルシュタットというザルツブルクからさほど遠くない風光明媚な「ザルツカンマーグート」地方の
奥にある、湖に面した町で、ここでは紀元前15世紀ごろに鉄器を使用した文化があったそうで、「ハルシュタット文化」、
と名づけられており、ここの塩を求めてヨーロッパ中から人が集まったらしい。

それはそうと、このザルツブルクであるが、この町の周辺には多くの塩の鉱山があり、
この塩がザルツブルクを流れるザルツアッハ川を下り、ドナウ川に出て、ウイーン、ブラチスラヴァ、ブダペスト、
ベオグラードを経由して黒海の方まで運ばれたのだが、この塩のおかげでザルツブルクの大僧正は大もうけしたことだろう。
現在でも操業している塩の鉱山があるし、観光客のために一般公開している廃坑もある。

この町は大作曲家モーツアルト、クラシック音楽を世界中にこの上なく広めたカラヤン、ドップラー効果で有名な
ドップラーが生まれ、サウンド・オブ・ミュージックの舞台になった場所で、夏になると世界中の著名な音楽家が集まる
「ザルツブルク音楽祭」が開催される。

コンサートのチケットはまず手に入らないし、ホテルの値段もかなり跳ね上がる。

最近はカラヤンが亡くなったせいもあり、以前よりは入手しやすくなった様だが、それでも大変ではある。

町は、高台にホーエンザルツブルク城がそびえ、ザルツアッハ川の河川敷に沿って古い町並みがへばり付いており、
ハイデルベルクの町並みの様な感じではあるが、オーストリア第二の町だけあって、中心のゲトライデガッセという
メインストリートに並んでいる商品は何となく洗練された物が多い。

この通りの真中ほどに、モーツアルトの生まれた建物があるが、前は小さな広場になっていて、
角に一人か二人座れるような小さな場所がある。

2度目のヨーロッパ旅行をした75年の夏にこの町を訪れ、モーツアルトの生家を見学して、
疲れたのでこの角にドイツ人の女性と並んで座って休んでいたら、突然太ったかなり老齢のおばさんが私に大声で、
「ここに座っちゃいけません!!!。ここはモーツアルトの生まれた家の前ですよ!」と罵ってきた。

私はキョトンとして、「は?」と、思わず声を出し、「ガハハハハ…」と大笑いしてしまった。

周りの人たちもびっくりしてこちらを注目しているが、このおばさん、大声で何やら喚き続けていた。

こちらは何がなんだかさっぱり分からない。
そのうち、ぶつぶつ言いながらその場を去って行った。「変なおばさん」、と私。
隣りに座っていたドイツ人は、「あの人、ちょっと頭がおかしいのよ」とうなずく。

ザルツブルクに行けば、必ずモーツアルトの生家を訪れるが、そのたびにあの座っていた場所を見つけ、
怒鳴られたことを思い出しながら、「類は友を呼ぶ」、とは良く言ったもんだ、と思ったりする。