オーベルンドルフの話

「あら、またいらしたの?」82年の7月、ちょうどザルツブルク音楽祭が始まる直前だった。

モーツアルトが生まれ、ザウンドオブミュージックの発祥の地、ザルツブルクを流れる
ザルツァッハ川を25キロほど下流に行くと、オーベルンドルフという小さな村がある。

ここのプライベートの小さな郷土博物館を訪れた時、75年に私が2度目のヨーロッパ旅行
をした際に訪問したことを、ここの奥さんが覚えていてくれた。

この村は知る人ぞ知っているが、知らない人は知らない(当然だ)村である。

博物館の人の話では、1818年のクリスマスイブに、この村にあるニコライ教会の神父
であったヨーゼフ・モーアが、村の子供たちによる聖歌隊に歌わせたいと作詞し、
彼の友人で、学校の先生であり、作曲家でもあったフランツ・グルーバーに
作曲を依頼したのだった。

ところが、この時ちょうど教会のオルガンが壊れており、グルーバーは自分のギターで、
この子供たちの伴奏をした。

その後、ザルツァッハ川の洪水で被害にあった教会を補修に来たチロルの大工さんたちが、
この村の子供たちが歌うこの歌を聞き覚えて、大工仕事で訪れる町や村で歌い、そしてこの歌は
全世界で歌われるようになったそうな。

これにはもうひとつの話があり、これは私が学生時代にドイツ語の本から知ったのだが、
その後、この村に住んでいる靴屋さんが二人の子供たちを連れてライプチッヒの見本市に
出かけ、父親が道端で仕事をしているそばでこの歌を歌っているところへ一人の初老の
紳士が近づいて来て、この二人を今晩のオーケストラコンサートに招待してくれました。

コンサート会場に行ってみると、二人はあっと驚きました。なんと招待してくれたあの紳士は、
今晩のオーケストラの指揮者だったのです。演奏会最後の曲が終わると、この指揮者は
二人をステージに呼び、聴衆に向って、「今日は素晴らしい歌を皆様にご紹介します」、
と言って、二人が道端で歌っていた歌をアンコールの代りに紹介したのです。

ヨーロッパ中から集まっていた聴衆はこの歌に感激し、世界中で歌われるようになったという話です。

「聖しこの夜」

どちらの話が本当かは私にも分らないのだが、心温まる話である。

この村のニコライ教会の前には、ギターを抱えているフランツツ・グルーバーと、
それに耳を澄ますヨーゼフ・モーアのレリーフが立っているが、そこから少し離れたところに
「ハイリゲカペレ(聖礼拝堂)」という小さな礼拝堂があり、中にはこの二人と、メロディが
書かれているステンドグラスがある。

毎年12月24日のクリスマスイブ、この村では村の人たちが、このハイリゲカペレに
集まり、当時と同じようにギターの伴奏でこの歌が歌われることになっている。

最近では日本の旅行客も参列している様である。雰囲気としては最高だろう。
ただ、礼拝なので、写真をバチバチ撮ったり、大声を上げたりして、礼拝に
参列している人たちから顰蹙を買わなければいいのだが。

あくまでもお邪魔させてもらっているのだから。