ユングフラウヨッホの話

アルプス三大峰のひとつで、ドイツ、スイス、パリのお決まりコースに必ずと言っていいほど含まれているのが、
北壁で有名なアイガーを訪れることである。グリンデルワルド、あるいはインターラーケンから登山鉄道に乗り、
3454メートルまでのユングフラウヨッホまで行き、時間が許せば、さらには119メートルの
エレベーターに乗ってスフインクスの展望台まで行くのが定番になっている。

ここに滞在するのは約1時間。その後は下山した後にそのままチューリッヒに向かって、空港からどこかに行ったり、
ジュネーブに行き、そのまま宿泊。
翌日の朝一のTJVでパリに向かう。あるいはその日のうちにパリに向かうことになる。

最近はこのパターンが多いらしく、夕食は駅弁のような形で幕の内弁当で取り、その日の夜遅くパリに着く
という形になる。大変だろうに。

それはそうと、12名ほどの添乗員なしのグループを率いてユングフラウヨッホ登山鉄道に乗ったことがある。

季節は冬で、しかも快晴であった。

天気のいい時ほどこのアルプスの冬山の景色のすばらしさはない。
お客様にこのことを話し、まずはこのエレベーターに乗ってスフインクス展望台にお連れすることにする。
何しろ空気の薄いところである。

ゆっくり歩きながらエレベーターの前に来ると長蛇の列。
このエレベーターは定員わずか12名。
それでも、冬にこれだけ天気がいいのはまずないので、待つだけのことはあるとお客様に説明し、
待つこと約30分。

展望台につくと、期待にたがわずその景色はすばらしいものではあったが、帰りのエレベーターにも
待たなければならないので、この展望台での滞在時間は約5分だけにしてもらう。
気の毒だが仕方がない。
帰りの電車に乗り遅れたら大変なことになる。

エレベーターは絶え間なく行き来している。

「やっと次はお客さんの番だ。電車に間に合う。」と思っているところへ日本人のおばさんが「すみません、すみません」と、
叫びながら割り込んで来た。
そのおばさんを捕まえて、「同じ電車に乗るために、こっちはずっと待っていたんですから、割り込まないでください。」
と怒鳴る。「すみません、すみません。」と言いながら、とうとうこの人、エレベーターに乗り込んでしまった。
定員オーバーである。
私が乗れなくなってしまった。
「しょうがねえな。」と思いながらも、かわいそうなので許してやる。
お客様には「私は絶対に電車に間に合いますから、どうぞ心配しないで、集合場所にいてくださいね。」と話す。

お客様は少し心配顔をしていたが。

かくて、次のエレベーターに乗って下に行き、駆け足で駅に急ぐ。間に合った。
心臓は高鳴り、息遣いは荒くなってはいたが、もはや3454メートルの高地にいたことも忘れてしまっていた。
お客様には、氷の宮殿も、外に出ることも、絵葉書を買うこともできなくなってしまったのだが、
それでもこの冬山の絶景が見れたことにとても満足していらしたので安心する。

個人旅行のお客様をリムジンハイヤーでこの地に来るたびにこの時のことを思い出す。
このエレベーターは数年前、かなり大きなものに交換されて長蛇の列ということはなくなった。