盗られた話 その1


その1と始めるぐらいだから、泥棒や置き引きにやられたのは何回かある。あまりカッコいい話ではないが、
やはり白状しないと…。

1975年大学四年の夏休み、74年に次いで2回目のドイツ旅行だった。

今回は前回と違い丸5週間を旅行に当てたので、結構あちこち回ることができた。

その当時からロマンチック街道は今ほどではないにしろ有名な町だったので行くことにした。

今でもそうなのだが、ユーレイルパスを持って一人旅をする人達は、誰でもロマンチック街道の出発点
ヴュルツブルクから出ている国鉄バスに乗り込んで移動した。

ローテンブルクに到着し、ユースホステルにチェックイン、ロッカーの鍵をもらい、ここに貴重品を入れ、
鍵は寝袋の足元に潜り込ませて寝ることにする。

ちょうど偶然にもパリ行きの飛行機で一緒だった英語のうまい日本人の学生もこのユースに泊まっていた。

翌朝、ロッカーの扉が開いているのを見て青くなった。中を見たら一応ショルダーバッグはあるのだが、
調べてみるとパスポートとトラベラーズチェックは無事だったが、カメラと現金4万円がない!
「やられた!」と思い、すぐにベッドのある部屋に戻り、そこにいた人達に「泥棒にやられたからちょっと助けてくれ!」
と言ったのだが、皆キョトンと「おらしらねーよ」という顔をしている。

「あてにならんな」と思い、すぐに管理人のおばさんにそのことを話したのだが、どうもうまく行かない。
外に出ると、どう言うわけか偶然にもそこに警察のパトカーが止まっており、警官が二人いたので、
すぐに、「カメラと金を盗まれたので助けてくれ!」と話し、ユースの中で事情を聞いてもらうことにした。

ところが、私の言っていることをどうも信用してない様子だった。
と言うのは、私がロッカーの鍵をちゃんと掛けた、と言っているのだが、そのロッカーが全く無傷で、
破った形跡がない。

結局は私がきちんと鍵をかけていなかったのだろうと思う。
ユースのおばさんまでが、「さっき聞いた話と違うことを言っている。」と話し始め、
警察は「狂言ではないのか?」と疑い始めた。そこでその英語のうまい学生も事情を聞かされ、
「こいつは嘘をついてない。」と言ってくれる。疑い出したらきりがないものだ。

警察はなんと「この男は連合赤軍じゃないのか?」とまで言い出した。

ちょうどその当時日本連合赤軍がヨーロッパでテロ行為をしていた時期でもあったし、こういう田舎では
そう疑いたくもなるのだろう。

こういう田舎で犯罪があるのも珍しいことだろうし…。さんざん疑われながらも、一応フジカ35EEという
カメラと日本円で4万円が盗まれた、という調書が取られて警察の手続きは完了した。

旅行はあと10日ほど残すだけだった。これが最初だったら大変なことになったと思う。不幸中の幸いだった。

一応それ以外は何事もなく旅行を終え、日本に帰って三ヶ月ぐらいたった頃、アパートの管理人のおばさんが
小包を届けてくれた。差出人はドイツ人だった。

「何だろう?」と思いながら開けてみると、なんとあのローテンブルクで盗まれたカメラだった。

手紙が入っており、「このカメラは何者かがユースホステルのベッドのマット下に隠してあったのが
発見された。現金は見つからず、犯人はまだ捕まっていない…。」という報告がなされていた。

私はすぐにこの返されたカメラに対する礼状を書いた。
その際、「日本の警察は非常に優秀だと聞いていたが、ドイツの警察もそうである。
あの時に、狂言ではないのか、とか、私が連合赤軍ではないのか、とかなり疑っていたが、
これでそうではないことがお分かりになったでしょう。」としたためた。

ローテンブルクのブルク公園からはこのユースホステルがはっきりと見え、その度にこの経験を思い出す。

返って来たこのカメラは壊れてしまったが、私が住んでいる居間のテレビの上に置かれている。