アイゼナッハの話 その1

フランクフルトからドレスデンに向かう途中、旧東ドイツの検問所を抜けるとすぐにアイゼナッハの町が右に見えてくる。

古典派の大作曲家であるヨハン・セバスチャン・バッハがこの町で生まれ、マルティン・ルターが聖書をドイツ語に訳し、中世の時代には
今で言うシンガーソングライター、吟遊詩人たちが一堂に集まって歌合戦をした、と伝えられているのが、この町に聳え立つ
ヴァルトブルク城である。

ロマンチックの時代、この城跡に魅了されたのがゲーテであり、ここで行なわれた歌合戦にまつわる話を基にしてリヒャルト・ワーグナーが
「タイホイザー」というオペラを書き上げた。

東ドイツ時代、この町にはは戦前にBMWの工場があったそうで、その名も、「ヴァルトブルク」、という高級車が作られていた。

早い話が、東ドイツに「トラバント」という大衆車と、高級車の「ヴァルトブルク」、しか乗用車が製作されていなかったのである。
現在は、この工場はオペルに買収され、近代的な工場に生まれ変わった。

さて、このワルトブルク城であるが、11世紀の中ごろ、若きルートヴィッヒ・デア・シュプリンガーが狩の途中で小高い山を見つけ、
「待っていろ、ここに俺の城を作ろう。Warte Burg!(ヴァルテ、ブルク)」 、という話から、この名前が出たと言い伝えられている。

その後、このチューリンゲン地方を支配しているルドヴィンガー家が領地を拡大し続け、一大王国を作り上げるとともに繁栄したが、
15世紀に入ると、急激にこの城はその意義を失い、廃墟となってしまう。

その廃墟に1520年にヨルク・ユンカーという偽名でたてこもり、わずか10ヶ月でギリシャ語の新約聖書をドイツ語に訳したのが、
宗教改革の立役者である、マルティン・ルターである。

このルターが聖書を翻訳をした、という部屋が残っていて見学できる様になっている。

言い伝えによると、夜中に悪魔が彼の前に登場したが、インクビンを投げて追い払った、という話である。

昔はその染みが壁に残っていたらしいが、多くの観光客が、染みを引っ掻いて行ってしまい、今はどこにも残っていない。

なんでも、その染みが20世紀の終わりに飛んできて、誰かさんの額の染みになった、と言われているが、ホントかいな?

その後、ドイツロマン主義が始まる19世紀から、この城が再び注目されるようになり、復元が始められ、東ドイツ時代は、
西のノイシュヴァンシュタイン城の様に多くの観光客がこの城を訪れた。

というわけで、このお城はノイシュヴァンシュタイン城ほどではないが、多くの観光客が訪れる。

入場には、それこそ、長時間「WARTEN(待つ)」、ことを強いられる場合がある。
文字通り、Wartburg(待つお城)、である。





ワルトブルク城




ルターの部屋