テディベアの故郷ギーンゲンの話

ドナウ川の上流にあるウルムという町の北に3〜40キロほど行くと、ギーンゲン、と言う町がある。

この町は知る人ぞ知る、シュタイフ社のテディベアの生まれ故郷であり、ドイツ旅行のスケジュールにも
加えているツアーもある。

1847年に生まれたこの町で生まれたマルガレーテ・シュタイフは、1歳半の時、小児まひにかかり、
両親が彼女を著名な医者や保養地にも送ったりと、懸命な治療にもかかわらず、右半身不随のまま
一生を過ごす運命にさらされる。

そのハンディキャップにもかかわらず、マルガレーテは他の子供たちと同じように学校に通い、
さらにはチターも弾けるようになり、若い女性が嫁入り道具として持参する下着などを縫う針仕事に
従事するようになる。

1874年、父親のフリードリッヒが家を新築した際、この中に仕立て屋の作業場を作ってもらい、
妹とともに、ここで洋服を縫う仕事を始めるが評判を集め、裁縫ミシンを購入するほどになる。

さらに従兄弟と一緒にフェルトの商売を始めるが、雑誌の中に見つけた象の針山を試作し、
ハイデンハイムの市で販売したところ、評判が評判を生み、アメリカにも輸出されるようになった。

テディベアは、1902年、やはり従兄弟のリヒャルト・シュタイフの考案によるものだが、
最初はさっぱり売れなかったが、ライプチッヒの玩具見本市で、アメリカ向けに3千個の注文があり、
1907年には累計100万個ほどのテディベアを生産するほどになった。

現在使用されている耳に付いているタッグは、1904年からのもので、これがテディベアの
オリジナルの商標となっていて、厳しい品質管理下で製作されている。

そういう理由で、ドイツでも結構高いが、日本の半分程度の値段なので、好きな人には魅力だろう。

それでも最近は、グローバル化の影響で、小さいものは中国で作られているらしい。
ギーンゲンで製作されている大きな物に関しては、タッグに、「Germany」、と表示されているので、
注意した方がよろしいでしょう。

本社工場には博物館が隣接しており、直売ショップもある。

日本には、このテディ・ベアがとても好きな人が多いようで、私のミニバスをチャーターなさるお客様の中にも
ロマンチック街道から外れてフュッセンに行く途中で寄り道をするスケジュールを組むリクエストがあることも。

好きな方は本当に好きだし、熊さんというぬいぐるみは男女を問わず子供たちに好かれるみたいですな。

ある新婚カップルをご案内した際、奥様がスーツケースに入らない様な、大きなテディベアを買い求めた。
「この箱を捨ててしまえば何とか入るかもしれませんね」
「この箱が大事なんです!!!」
「ハイ・・・・」